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名古屋旅行2日目・その2 [日記]

前日就寝前、旦那が調べてくれた乗り換え情報を確認する。
「ええっと・・・7時46分におばさんちの最寄り駅から地下鉄に乗り、途中の駅で合流。その後、別の路線に乗り換え、更に名鉄乗り継ぎで犬山に着くまでが約1時間。そこから更に、明治村行きのバスで約20分。思ったよりかかるんだなぁ」

そんなにかかったっけ、前回???? もはや記憶があやふやなんだけど、従姉が車で連れてってくれたので、多分私は寝てたんだと思う。今回は運転手(旦那ともいう)はいるが、車はない。レンタカーを借りても良かったけど、鉄道大好きな長男のために敢えてこのルートを選んだという次第。

案の定、この日地下鉄全路線制覇を成し遂げ、更に憧れの名鉄にまで乗れて彼は上機嫌。そうだよなぁ・・・保育園の頃から新幹線で名古屋付近を通過するたびに「名鉄、名鉄!」とか叫んでたもん。
私 「ねえ、あれ本当に名鉄?」
旦那「俺が知るかよ。あいつが言うんだから間違いねーだろ」
という会話が何度飛び交ったことか。

ようやっと犬山駅到着。ここでバスに乗り換え、明治村へ。だが、盛り上がる期待とは裏腹に一抹の不安がよぎる。

「果たして、長男は楽しめるか?」

そうなのだ。私も旦那も、大学受験時の社会科は日本史と世界史で受験したので、そこそこ歴史には詳しい。そういう人種にとって明治村はパラダイスだ。本物の歴史的建築物をバランス良く配置し、普段は中に入れないような建物でもガイドが付いていれば隅々まで見学可能。「あの有名人ゆかりの・・・」と思えば感慨もひとしおというもの。でも、長男が好きなのは鉄道と特撮ヒーローものとアニメくらい。鉄道関連ならいくつかあるけど、そのうち京都市電とSLは老朽化のため去年の12月から運休して点検・修理に出されている。せめてあれが走っててくれれば盛り上がるんだが・・・

などと危惧しつつ、まずは入り口近くで敷地の一番端っこにある“聖ヨハネ教会堂”へ向かう。と、建物が視界に入った途端、ダッシュする長男↓↓↓
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ん? 素朴ながらなかなか味わいのある教会だけど、彼の萌えポイントに教会なんかあったかぁ? といぶかりつつ中へ。二階建になってて、一階は幼稚園だったとのこと。長男はなにやらきょろきょろと見渡し、二階の礼拝堂へと向かう。

古色蒼然たる礼拝堂のどこかにプレーヤーでも仕込んであるのか、響き渡るパイプオルガンのBGMがいかにもここが教会であるという雰囲気を醸し出す。しばらく聴き入ってた長男は、パァっと満面の笑みを浮かべて言った。
「クラリスの結婚式!」
ああ、なるほどね。あいつが繰り返し鑑賞してるあれだわ↓↓↓

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今ひとつ状況が飲み込めないでいる父親に説明してあげると、「そういや好きだったねぇ。でもこれ、あの曲?」と逆質問。いやそんなこと言われても私にはわからない。エレクトーンの曲集にはあまりバロック音楽って入ってなかったんだもん。そうでなくても、あの時代の音楽って単調というかリズムバリエーションが乏しいというか・・・区別がつきにくい。集中して何曲か弾き込んでいればまだしもなのだが。ちなみに、帰宅後調べてみたら「カリオストロの城」で使われてたのはバッハの「パストラーレ ヘ長調 BWV590」~第3楽章だそうだ。でもこれだったかなぁ・・・しばし考えて結局旦那と同じ台詞をつぶやく私。
「あいつが言うんだから間違いねーだろ」

そこからしばらく西郷従道邸を経て森鴎外・夏目漱石住宅へ。この家は、奇しくも近代日本の二大文豪たる森鴎外と夏目漱石が13年の時を隔てて借家住まいをしたものだ。鴎外はここに移り住む直前に「舞姫」を執筆し、漱石はここで「吾輩は猫である」を書き上げた。作中に描写される住まいの様子は、ほとんどこの住宅のものであるという。それ故か、書斎には猫の置物が鎮座していた↓↓↓
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実際、この家で漱石は猫を飼ってたそうだ。

ここで正門(これも実は第八高等学校の正門を移築したもの)付近に戻り、大井牛肉店、三重県尋常師範学校・蔵持小学校、近衛局本部附属舎から鉄道局新橋工場&明治天皇・昭憲皇太后御料車、三重県庁舎、二重橋飾電燈などざっと見て回る。以上で一丁目終了。二丁目に入る。

二丁目のメインストリートはレンガ通りと名づけられており、左手側の千早赤阪小学校講堂&第四高等学校物理化学教室から見る事に。ここで早くも時計は十一時。入村二時間にして全員ペットボトル(500ml)二本目購入。暑い。飲んでも飲んでも汗になって流れていく様な感じ。とにかく冷房のきいた室内に座りたいってことで、レンガどおりの突き当たりにある東山梨郡役所まで行ったら、その奥の明治村食堂で休憩&昼食にしようということに。

小学校の講堂にしろ、高等学校の物理化学教室にしろ、学校の施設というのは似たり寄ったりだ。今の子供たちは木造校舎なんてほとんど経験ないだろうが、私たちの子供の頃はちょうど鉄筋コンクリート校舎への過渡期で、地方の学校だとごろごろ残ってた。

私 「ああ、この感じ。親父の大学時代の写真に写ってたのとそっくり」
旦那「そうだろうねぇ。教室の規格って法律で決まってるからそんなに大差ないだろ」

なお、この校舎は明治村そのものと深い縁がある。東大の教授であった建築家・谷口吉郎氏と名鉄会長・土川元夫氏は、共に第四高等学校の出身で同級生だった。谷口氏は、電車の窓から鹿鳴館が解体されるところを目撃して深く嘆き、「建築史的にも歴史的にも貴重な明治時代の建築物を何とか保存してほしいが都市開発の進む地域では不可能だろう。どこか一ヶ所に移築して野外博物館みたいにしてはどうだろう?」云々と土川氏に相談したところから明治村が誕生したという。莫大な初期投資と手間を要するこの事業、持ちかける相手を間違えなかった谷口氏(後に、明治村初代館長となる)も偉いが、「よっしゃ!」と話に乗った土川氏もすごい。文化的事業と観光開発を一緒にやってるんだもの。

土川元夫氏の顕彰室を見学して次に行こうとしてふと見たら長男がいない。階段教室の入り口でなにやらうれしそうにぶつぶつ言っている。近づいて「どうしたの?」と聞くと、またも満面の笑顔で「インディ・ジョーンズ!」

第二の萌えポイント発見!そういや、インディは考古学者で大学の講義室で授業してるシーンもある。急勾配の階段状座席など、映画に出てきたのとそっくりだ。初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリーのことも「インディのお父さん」と覚えてるくらい大好きな映画で繰り返し鑑賞している。せっかくだからと黒板の前に立たせ、インディ教授もどきにポーズをとらせてパチリ↓↓↓
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時計を見ると、十一時半。いい頃合だと明治村食堂へ。暑さゆえガブガブとスポーツ飲料だのお茶だの飲んでいた私たち夫婦はあまり空腹感がなくて、姫路駅折り詰め弁当(明治二十二年新発売)を再現したものを頼んだ。↓↓↓
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が、長男は同じくらい飲みまくっていたにもかかわらず、でっかい海老ふりゃーが三つも乗っかってるランチを注文。若いってすごいねぇ。

長くなりましたので今回はここまで。
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コメント 5

雀翁

明治村に関して、私は大きな誤解をしていたようです。建築物はレプリカじゃなくて、本物を移転したものなのですね。それならすごい! 私も受験は世界史を選択(日本史は漢字の多さに躓いた)しましたが、社会的政治的事件に興味を示したものの、「文化史」にはあまり力を入れませんでした。「萌え」のポイントが世代によって違うのは楽しいですね、明治村、とても面白そうです。

ところで、名古屋近辺の「えびふりゃ~」は、やはりどこか違うのでしょうか?

>あいつが言うんだから間違いねーだろ

信じる者は救われる。

by 雀翁 (2011-09-26 12:42) 

葵ママ

雀翁様
そうなのです。全部本物です。ただ、あくまでも現地保存がベストと考えてるらしく、解体されることになったもののみ寄贈してもらって移築してるようです。

今回は体力的な問題で見学できませんでしたが、四丁目にはシアトル日系福音教会、ブラジル移民住宅、ハワイ移民集会所などの建築物もあり、日本全国はもとより海外にまで及んでいます。その莫大な費用と手間を思うと、この事業のために財団を創設した土川氏の慧眼と手腕には頭が下がります。

「えびふりゃー」は普通にエビフライでした。味噌だれでもついてくるかと危惧してたら、タルタルソースでしたし(笑)

長男は、知的には健常者より劣ってますが、とにかく耳がいい。ぜんぜん知らないアニメを見ていて、突然「○○さん(別のアニメで同じ声優が演じたキャラ)の声だ!」と言ったりします。かなりなオタクである弟に確認すると、「うん、当たり」・・・なので、音に関しては彼が一番確かなんです。
by 葵ママ (2011-09-26 19:55) 

ももんが

長男くんの記憶力のすごさに感心してしまいました。すごいですね~。
明治村、楽しそうです。
ちびももがもう少し大きくなったら、連れて行ってみたいなあと思いました。
最後の姫路駅の駅弁についつい妙に反応してしまいました。明治時代に、もう駅弁があったんですねえ。それもなぜか姫路で!ということに、また驚いてしまいました。
by ももんが (2011-09-26 20:13) 

葵ママ

ももんが様
まず、よほどの体力と時間がない限り、1日ですべての施設(合計63!!!)を見ることは不可能に近いでしょう。ホームページに“まるごと明治村コース”といって、全部能率よく見て回る道順が載ってますが、歩行距離約7Km、歩くだけでも4時間半かかります。せめて、三丁目から二丁目の端を通り、四丁目まで走り抜ける京都市電が再開されるまで待たれたほうがよろしいでしょう。なお理想的なことを言うと、四丁目と五丁目を走るSLが復活してくれればいいんですが、こちらは車両自体修復が済んでも、別の博物館行きが決まってるとか。代わりの車両を持ってくるかどうかが未知数なんですよね。

また、多くの施設内にはテーマパークよろしく展示コーナーがあり、ついつい時間が長くなってしまいます。また、西園寺公望別邸は、ガイド付でないと一切中には入れてくれません。西郷従道邸も一部の部屋がガイド付でないと入れません。そういう施設があと三ヶ所(東松家住宅、芝川又衛門邸、呉服座)あります。それぞれ、15分程度かかります。

駅弁についてた説明文によると、日本初の駅弁は埼玉県の熊谷駅で明治十六年に登場してるそうです。ただその中身は竹皮につつんだ握り飯と漬物程度。幕の内形式の弁当が最初に売り出されたのが姫路駅だったとか。さぞかし評判だったでしょうね。
by 葵ママ (2011-09-28 22:27) 

葵ママ

HWK様
440個目のniceありがとうございます。
by 葵ママ (2011-10-01 21:39) 

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